次の引用を読んでいて手術の同意を委任することはできるものなのだろうかと気になりました。
「医療行為の同意」は一身専属のものですから,本人以外が代わりに決定できる性質のものではないと思われます。そうだとすれば,医療行為の同意権を委任することはできないことになります。
参考:「渋谷区パートナーシップ証明 任意後見契約・合意契約公正証書作成の手引き」( 渋谷区男女平等・ダイバーシティセンター 平成27年10月発行 ),以下単に「手引」と呼びます。
手術の同意をできるようにするには?
別の公正証書とは、「医療に関する意思表示書」などです。渋谷区の「パートナーシップ証明 任意後見契約・合意契約 公正証書作成の手引き」でも、必須条件とはしていないのですが、「療養看護に関する委任」という項目を例示しています(日本公証人連合会が作成した「任意事項事例集」より)。
第〇条【療養看護に関する委任】
1 甲乙は,そのいずれか一方が罹患し,病院において治療又は手術を受ける場合、他方に対して、治療等の場面に立ち会い、本人と共に、又は本人に代わって、医師らから、症状や治療の方針・見通し等に関する説明を受けることを予め委任する。
2 前項の場合に加え、罹患した本人は、その通院・入院・手術時及び危篤時において、他方に対し、入院時の付添い、面会謝絶時の面会、手術同意書への署名等を含む通常親族に与えられる権利の行使につき、本人の最近親の親族に優先する権利を付与する。この任意事項について都側の説明がなかったために、私も含めて一部の参加者で誤解が生じました。
1.手術に同意することの委任
(1)パートナーシップ合意契約と任意後見契約
手引によりますと,渋谷区のパートナーシップ証明で必要になる契約は2種類あります。
任意後見契約とパートナーシップ合意契約です。いずれも公正証書によることが必要です。
ただし,区長が合理的な理由があると認めるときには,任意後見契約はあとからでもよく,パートナーシップ合意契約だけでもパートナーシップ証明が発行されます。
(2)パートナーシップ合意契約の内容
パートナーシップ合意契約書には最低限必要な記載事項があります。それ以外の二人の合意事項を付け加えることも可能です。
必要記載事項は次のとおりです。
① 両当事者が愛情と信頼に基づく真摯な関係であること。
② 両当事者が同居し、共同生活において互いに責任を持って協力し、及びその共同生活に必要 な費用を分担する義務があること。
(3)療養介護に関する委任
①任意合意事項
パートナーシップ合意契約の任意合意事項として,療養介護に関する委任もできるとして,その文案が手引の6ページに示されています。引用のサイトに示されているものと同じです。
日本公証人連合会が作成した「任意事項事例集」であると手引にありますが,確認できませんでした。
「療養介護に関する委任」と題された内容は,後見人の身上配慮義務(②の手術同意事項を除く)の一環として通常でも認められているものです(民法858条)。
②手術同意事項
その文案の第2項として「手術同意書への署名等を含む通常親族に与え られる権利の行使につき,本人の最近親の親族に優先する権利を付与する。 」とあり,手術の同意の権利をパートナーに与えています。医療行為の同意権をパートナーに譲り,代わりにパートナーがその同意権を行使することができることになります。
引用サイトの筆者はこの条項があるので,パートナーは親族に成り代わって医療行為の同意もできると考えているように思われます。
しかし,医療行為の同意権を契約でパートナーに与えることは,適切でしょうか。
後見人に対しても与えられていない医療行為の同意権を,たんなるパートナーシップ合意契約の相手方に与えることは適切でないとも思えます。もし,このことが可能であれば,専門職後見人らの第三者後見人の難題は一気に解決することになります。
2.医療行為の同意権
(1)医療行為の本人の同意
具体的な医療行為は医療診療契約とは別に患者からの同意が必要になります。もし同意がないまま医療行為を行うと違法となってしまいます。この同意は他の人が代わりに決定できない一身専属的なものだと考えられています。
(2)同意の代行
同意する能力が無ければ,患者本人の同意は受けられません。その場合,どのようなよう条件であれば患者本人の同意がなくとも医療行為をしてよいかをはっきりさせる必要があります。
しかし,現状では明確に規定した法律はありません。そこで,社会通念のほか,緊急避難,緊急事務管理などの一般法理を援用して対処して行くほかはないとされているようです。
①家族による同意
ア 未成年者
未成年者については親権者,未成年後見人が医療行為について同意することができます。(民法820条,昭和56年6月19日 最高裁小法廷判決)
イ 成年者
家族による同意を求めることが医療現場では通例行われています。
しかし,家族の同意なぜ有効なのかについては根拠が明らかではありません。家族が同意すればなぜ違法性がなくなるのでしょうか。
また,同意をすることができる家族はどういう家族をいうのか,家族観に意見の対立がある場合にはどうするのかということも明らかではありません。
家族に同意を求めるのは,本人の意思を推測する立場として適任であり,本人の利益を適切に図る観点から,家族が一番ふさわしいと考えているためだとおもわれます。
このことについてパートナーは家族より適任であるという解釈も成り立ち得ますが,現段階においては,社会的に十分受け入れられるとは考えづらいところです。
さらに,医療過誤に対する損害賠償請求に対する医療側の防衛策として,その請求権を持つと推定される親族の同意を得ておくという一面も見逃せません。
②家族のいない者の同意
ア 広い意味の家族
患者が信頼を寄せ,終末期の患者を支える存在であり,患者の医師を推定できる人がいる場合。法的な意味の親族関係でなくともその人を広い意味で家族ととらえて,その推定された意思を尊重する。(
)
しかし,これはあくまでも終末期の医療に関するものです。
予防注射,胃ろう手術,骨折の手術などの医療行為についての指針はまったくありません。
イ 実務現場の対応
「親族のいない場合,親族からの協力が得られない場合,緊急を要する場合,病院が特に求める場合には,救命に必要な医療措置として手術や手術や治療への同意を求められたならば,後見人がその権限に基づいて,同意したり,同意書を書くことは差し支えないと考えられます」(千葉家庭裁判所「成年後見人のしおり」2011年4月発行版)
「状況に応じて同意することもありうる」(大阪弁護士会高齢者・障害者総合支援センター編『成年後見人の実務』大阪弁護士協同組合発行 2003年)
治療が必要な本人を支援する後見人として,同意権がないと手をこまねいているわけにはいきません。実務として,様々な現実的な対応がなされてきています。
この項については「医療同意能力がない者の医療同意代行に関する法律大綱」(日本弁護士連合会 2011年)を主に参照しています。
3.まとめ
医療行為の同意は患者本人の一身専属的なものであり,原則として他人が成り代わって意思決定を行うことはできません。
しかし,同意する能力を欠く場合には,医療同意の代行が行われています。とはいえ,明確の法律の裏付けがないまま行われているのが実情です。
パートナーシップ合意契約における医療行為の同意の委任は,それだけでは医療側から受け入れられるかははっきりしていません。
この件について都側が説明をしていないのは,こうした背景があるためではなかったのかと推測します。
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